大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)3045号 判決 1983年9月30日

原告

曹道彦こと山本道彦

被告

安部正技

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金七〇万一六〇四円及びこれに対する昭和五五年六月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一二七〇万一〇四六円ならびに昭和五五年六月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和五五年六月三日午後七時四五分頃

(二) 発生場所 福岡市中央区天神一丁目二番一二号先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(福岡五七た四一四五)

右運転者 被告 安部正枝

右保有者 同右

(四) 加害車両 普通乗用自動車(福岡五五て一二四七)

右運転者 被告 池上一彦

右保有者 同右

(五) 被害車両 普通乗用自動車(福岡五五う五六八三)

右運転者 原告

(六) 事故態様 前記場所において、中州方面より天神方面に進行中の被告安部運転の車両がハンドルを右に切り第一車線から第二車線へと車線変更を行つたため、同車後方から第二車線を進行中の被告池上運転の車両がこれとの衝突を避けるため右に道路を変更して対向車線にはみ出し、同車の右前部が原告車の右側面に衝突した。

(七) 受傷内容 原告は本件事故によつて頸部捻挫、腰部捻挫、右肩部打撲症等の傷害を負つた。

2  責任原因

(一) 被告らは、各々加害車両を所有し、自己の為に運行の用に供していたものである。

(二) 被告安部は、車線変更をする際にはあらかじめ合図をなすのはもちろん後続車の動向に注意し、後続車の進行を妨害しないように車線変更をなす注意義務があるのにこれを怠り、時速約一〇キロメートルの速度で漫然と右へ進路変更をなした過失により、右後方から進行してきた被告池上車との衝突の危険を生じさせ、同車をして対向車線にはみ出し進行させて原告車と衝突せしめ、本件事故を発生させたものである。

(三) 被告池上は運転に際しては、自車の前方を十分注視し、前車の車線変更等の動静に注意し、かつ、本件事故のさいの時間、場所、道路の混み具合からして前車が自車の進行車線に侵入して来ることが予想できたのであるから、かような場合に対応するため時速三〇キロメートル以下の速度に減速するなど速度を調節して進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、前方を注視せず、制限速度をも越えた時速五〇キロメートルの速度で進行したため被告安部車の発見が遅れ、これに対応できずに対向車線にはみ出し原告車に衝突したものである。

3  損害 原告は本件事故により次のとおり損害を蒙つた。

(一) 治療費 〇円

原告は、昭和五五年六月四日から昭和五六年四月一〇日まで越智外科胃腸科医院に入通院し、その間治療費として金一八〇万五一六四円を要したが、これについては労災保険より二〇万五二二四円及び自賠責保険より一五九万九九四〇円の給付を受けた。

(二) 付添看護費用 金三六万六〇〇〇円

一日金三〇〇〇円の入院付添費として一二二日間の入院であるから合計金三六万六〇〇〇円となる。

(三) 入院雑費 金一二万二〇〇〇円

日用雑貨品購入費、栄養補給費、通信費、文化費、家族通院交通費等入院諸雑費は、一日あたり金一〇〇〇円が相当であり、一二二日間の入院であるから合計金一二万二〇〇〇円となる。

(四) 休業損害 金二〇六万九〇〇〇円

原告は、株式会社国際タクシーに乗務員として勤務しているところ、本件事故による傷害のため、昭和五五年六月三日から昭和五六年三月三一日迄約一〇ケ月間欠勤を余儀なくされ、その間給与の支払を受けられなかつた原告は一ケ月当り平均二〇万六九〇〇円の給与収入を得ていたので、休業したことによる損害は、その一〇ケ月分である二〇六万九〇〇〇円である。

(五) 後遺傷害による逸失利益 金六九〇万四〇四六円

本件事故により原告は、腰椎運動制限、運動痛、左下肢知覚障害、右下肢脱力感、頸部背屈時痛等の後遺障害を生じた。これは自賠法施行令別表等級の第九級の神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限される場合に該当し、この場合、労働能力の喪失率が三五%であり、少くとも向う一〇年間は労働能力の喪失した状態が続くものと考えられるところ、原告の年収は二四八万二八〇〇円であるから、逸失利益総額は喪失率及び年毎ホフマン係数七・九四五をそれぞれ乗じると、金六九〇万四〇四六円である。

(六) 入通院慰藉料 金一四二万円

原告は本件事故によつて被つた傷害により、一二二日の入院及び一八九日間の通院を余儀なくされた。本件傷害によつて原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては、金一四二万円が相当である。

(七) 後遺症慰藉料 金三〇二万円

後遺症としては、前記の神経障害が残つているのでこれに対する慰藉料としては、金三〇二万円が相当である。

(八) 損害の填補 金八〇万六〇円

原告は被告らの加入する自賠責保険より合計二四〇万円の支払を受けたが、うち一五九万九九四〇円は前述のとおり治療費にあてられたので、残金八〇万六〇円が右(二)ないし(七)の損害に対して填補された。

(九) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は原告訴訟代理人に訴訟委任し、これに対する弁護士手数料として原告は右代理人に対し金一〇〇万円の支払を約した。

4  まとめ

よつて、原告は被告らに対し、本件事故によつて原告の被つた損害賠償の内金として金一二七〇万一〇四六円及びこれに対する不法行為の日の翌日である昭和五五年六月四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1の事実はいずれも認める。

2  請求原因2の(一)の事実は、いずれも認める。同(二)の事実は被告安部、同(三)の事実は被告池上においてそれぞれ否認する。

3  請求原因3の事実のうち、(一)及び(八)の事実は認め、その余の事実は否認する。

三  抗弁

1  被告安部

(一) 本件事故は被告池上が前方注視義務を怠り、被告安部の進路変更に気付くのが遅れたために発生したものであつて、被告安部には過失は無い。

(二) 被告安部の運転していた加害車両には、構造上の欠陥や機能上の障害は無い。

2  被告池上

被告安部は車線変更の際には、予め合図をなし、後続車の進行を妨害しないように車線変更をする義務があるのにこれを怠つた過失がありこれにより被告池上車に衝突する危険を生ぜしめた。

被告池上は右危険を避けるため止むを得ずハンドルを右に切つたものであるから、被告池上の右行為は正当防衛に該るものであり責任は無い。

四  抗弁に対する認否

1  被告安部の抗弁に対する認否

(一)の事実は否認する。

2  被告池上の抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生について

1  請求原因1の各事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任原因について

1  被告らが各々加害車両を所有し、自己の為に運行の用に供していたことは各当事者間に争いがない。

2  被告らの抗弁

本件事故の態様は請求原因第1項(六)のとおりであつて当事者間に争いがなく、このような場合車線変更をしようとする運転者としては、移行しようとする車線上の後続車の有無及び動向を確認し、合図により後続車に車線変更の意図を伝え、後続車との安全を確認したうえで車線変更すべき注意義務があり、また本件のように第一車線が渋滞し、第二車線が空いている場合、渋滞中の車列の側方第二車線を進行する運転者としては、もとより前方を注視して隣接車線上の前方車両の動静に注意し、渋滞を嫌い車線を変更して自己の走行車線に移行して来る車両があることを予想しつつこれに対応しうるよう車速を調節して進行すべき注意義務があるということができるところ、成立に争いのない甲第八号ないし第一五号証、乙第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一ないし三、原告(第一、二回)、被告安部及び被告池上の各本人尋問の結果を総合すると、被告安部は、車線変更するにあたりルームミラー及びバツクミラーで右後方から進行して来る車両(被告池上車)を発見したものの、距離的にはまだ余裕があると判断して毎時約一〇キロメートルの速度で第二車線に移行したことが認められるが、結果として右被告池上車との衝突の危険を生じさせたのであるから、被告安部は接近して来る被告池上車の速度について十分確認しないまま車線変更した過失があると認められ、また、被告池上は、前方渋滞車両中の被告安部車が車線変更しそうな挙動を示したことに気付きながら直ちに減速の措置を講じることなく、制限速度(毎時四〇キロメートル)を超える毎時約五〇キロメートルの速度で漫然と進行を続け、被告安部車が第二車線に移行して来て初めてブレーキを踏みクラクシヨンを鳴らすとともにハンドルを右に切り、被告安部車とほぼ平行になる形で停止し、停止直前に原告車と衝突したことが認められるのであり、被告安部の過失に比べその程度は軽微であるということはできるにしても、前方車両の動静に応じて適宜車速を調節すべき注意義務違反の過失の責任を免れることはできないといわざるをえない。

よつて、被告らの抗弁はいずれも採用できない。

三  損害について

1  成立に争いのない甲第一号証ないし第四号証、同第六号証、同第一六号証ないし第二〇号証、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第五号証、弁論の全趣旨より真正に成立したものと認められる乙第四号証、証人越智拓生の証言、原告本人尋問(第一、二回)、被告安部及び被告池上の各本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。

原告は本件事故による頸部捻挫、右肩部打撲症の治療のためとして、飯塚市内の越智外科胃腸科医院に昭和五五年六月四日から同月一五日まで通院し、翌一六日から同年一〇月一五日まで四か月間入院し、退院後昭和五六年四月一〇日症状が固定したと診断をうけるまで通院した(通院中の実治療日数一二六日)。

しかしながら、原告は本件事故前年の昭和五四年八月ころ腰痛、両肩部痛等で治療を受けたほか、昭和五五年一月二九日から同年六月五日までの間右越智病院に頸椎症性脊髄症で入通院し、その治療継続中に本件事故にあつたものであること、本件事故による傷害の症状は主として原告の主訴によるものであり、またその治療は右頸椎症性脊髄症による症状に対する治療と不可分に施されたこと、原告は入院後二週間を経ない同年六月二八日から同月三〇日にかけて外泊したのを含め、土曜日曜を主として合計一五回にわたり外泊したことなどの事実が認められ、さらに前認定のとおり本件事故は被告池上車の停止直前に同車の右前部が原告車の右側面に衝突したものであり、前掲甲第一〇号証、乙第一号証の一、二によれば、右衝突後原告車は進行方向を変えることなく約八メートル程度前進して停止したことからして、原告車の速度は毎時三〇キロメートル以下であり、衝突による原告車への衝突の度合は軽微であつたと推認されるのであり、以上の事実を総合すると、原告の治療期間が長期にわたつたのは、主として原告の本件事故前からの既存病状のためと考えるのが相当であり、本件事故による傷害の治療として相当因果関係のあるのは一か月間の入院及び二か月間の通院のみであると認める。

2(一)  治療費

原告の越智病院における治療費の総額及び右全額につき労災保険と自賠責保険から支払がなされたことは当事者間に争いがない。

(二)  付添看護費用

入院中の原告の付添看護につき、医師の指示があつたことまたは特段の看護の必要があつたことを認めるに足りる証拠はなく、損害としては認められない。

(三)  入院雑費 金三万一〇〇〇円

本件入院当時の入院雑費は一日あたり金一〇〇〇円が相当であると認められるところ、前認定のとおり相当因果関係の認められる入院期間は一か月であるから、その損害額は合計三万一〇〇〇円となる。

(四)  休業損害 金六二万六六四円

原告は本件事故後昭和五五年六月五日から翌年三月三一日まで勤務先の株式会社国際タクシーを欠勤し、その間給与の支払を受けていないが、本件事故と相当因果関係の認められるのは前述のとおり合計三か月間の入通院のみであるところ、原告の事故以前の就労時の平均月収は二〇万六八八八円であるから休業による損害は合計金六二万六六四円と認められる。

(五)  後遺障害による逸失利益

原告は昭和五六年四月一一日に症状固定の診断を受け、右診断書によれば、「主訴又は自覚症状」として腰下肢痛、右下肢脱力、左足関接部痛(放散痛)、頸部痛の、「他覚症状及び検査結果」として腰椎運動制限、運動痛、左下肢知覚障害、右下肢脱力感、頸部背屈時痛、項部肩部圧痛の診断結果となつているが、原告は右治療終了後勤務先である株式会社国際タクシーで平常どおり勤務を再開しており、勤務状況が本件事故以前に比べ悪化したことを認めるべき証拠もないことに照らし、原告の本件事故による傷害の後遺症としては局所に神経症状を残す程度と認めるのが相当であるが、これにより労働能力に何らかの制限を蒙つたと認めることはできず、後遺症による逸失利益の損害は認め難い。

(六)  入通院慰藉料 金五〇万円

本件事故に基づく入通院により原告の被つた精神的苦痛に対する慰藉料としては金五〇万円が相当である。

(七)  後遺症慰藉料 金二〇万円

本件事故による原告の傷害の後遺症としては前認定のとおりであり、これに対する慰藉料としては金二〇万円が相当である。

3  本件事故と因果関係のある損害金一三五万一六六四円

2の(三)、(四)、(六)、(七)の損害額合計は、金一三五万一六六四円となる。

四  損害の填補

原告が被告らの加入する自賠責保険より合計金二四〇万円の支払いを受け、そのうち金一五九万九九四〇円が治療費の支払にあてられ、残金八〇万六〇円が原告のその余の損害に対し填補されたことは当事者間に争いがなく、従つて前記損害の合計金額一三五万一六六四円から填補を受けた八〇万六〇円を控除すると残金は金五五万一六〇四円となる。

五  弁護士費用 金一五万円

本件事案の内容、訴訟の経過及び前記認容額等を考慮すると、被告らに賠償させるべき弁護士費用は金一五万円をもつて相当と認める。

六  結論

以上により、被告らは原告に対し、本件事故による損害賠償として合計金七〇万一六〇四円及び本件事故の翌日である昭和五五年六月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の被告らに対する請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 池谷泉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例